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小説:第二回藝文東京ビエンナーレ

開催概要

展示:第二回藝文東京ビエンナーレ

会場:東京芸術劇場・アトリエイースト
期間:2018年11月19(月)~25(日)の7日間
時間:10:00~16:00
※初日のみ 12:00~16:00
主催:國際藝術文化協会(藝文会)

お知らせ:第二回 藝文東京ビエンナーレ

コンセプト

小説を小説のままに展示しながら、どう観覧者に訴求するかがテーマ。

勤め人時代は展示会の仕事が多かったこともあり、予てより「小説をどう展示するか」という思いを抱いていた。これまでの小説の展示はビジネスの現場では主に「世界観を具現化」という視点が主たる表現方法にあったと思う。

書家の野尻泰煌は自らの余技総合展「ポプラの丘展」(2003年開催)にて、「文字は文字としてそのままに、量感で見せる」ことにこだわり展示された。それらを発想の起点に「小説は小説として見せつつ訴求力を付与する」を第一回藝文東京ビエンナーレにて開始。今回は、前回の反省点を取り入れての展示となる。

展示内容

余技の表現母体は 小説 が中心となっており、墨絵も、写真も小説の扉絵を想定。世界観の象徴的具現化として オムニバス小説「鶴子」 の折り鶴を展示し、来場者参加型とした。(ビジネスの現場ではよくある)

・文芸:長短様々な小説各種。
・音声表現:インターネットラジオの藝文対談ともえ。
・墨絵:デジタルプリント。抽象表現としての墨絵。
・写真:テーマは小説の扉絵を出展。

狙い

小説:まずメインビジュアルで見せ、興味を抱けば「読もうと思えば読める程度」の文字サイズでプリントした冒頭部分をパネルで読んでいただき、更に興味が湧けばカラープリントした小説ペラを実際に持ち帰り「読める」という導線をとった。オムニバス小説「鶴子」に関しては加えて折り鶴を持ち帰れるようにし、手に取るという触覚を得ることで印象をもたせる方法をとる。そして感想を書けるコーナーを設け、最終的には「読んだ上での結果」まで得られることを目的にする。実際の感想を得られることは困難であることは事前に想像がついたので昨今のSNSにおけるスタンプを念頭に「シール」でイイネに相当する複数の評価基準を設け参加型を促す。あくまで展示内容に対し動きを持たせることが目的で、実際に評価を得られる可能性そのものは低いと見積もっていた。

写真:今後短編で書く予定の小説の扉絵(写真)を先に展示する。後に小説を書くという導線を引く。そのためテーマを「小説のある景色」として写真をセレクトした。

音声:藝文対談ともえの展示に関しては全体コンセプトから外れるため今回小さく掲示するにとどめる。会場でしか聞けない専用音声も用意した。

第二回藝文東京ビエンナーレ出展作

展示レイアウト

視線が上から下に流れるように構成する。

テーブルには座って読みたい人用に小説をファイルに収めてある。

折り鶴は事前にある程度折っておいた。

第二回藝文東京ビエンナーレ出展作

動きを持たせる為に折り鶴を折れるコーナーを用意。

五感をいかに刺激するかを考慮した。

設営時の状態。

第二回藝文東京ビエンナーレ出展作

当初の予想より多くの折り鶴が増えていて嬉しい誤算だった。

折り鶴である必要が無いことも事前に書いておく。

その御蔭で数点他の折り紙も混ざる。

第二回藝文東京ビエンナーレ出展作

折り鶴一つとっても人それぞれ様子が違うのが面白い。

第二回藝文東京ビエンナーレ出展作

写真を展示しようと思ったのは一ヶ月前のこと。

ビジュアル的訴求力がもう一つ欲しいという欲求と、

この写真1枚だけで小説が書けるなぁと思っていたことから

小説のある景色として出せると考えた。

第二回藝文東京ビエンナーレ出展作

最終日の読後感想投票。

具体的な感想は予想通り無かったが投票反応が思った以上にあった。

当初はもっと遥かに少ないだろうと予想していた。

敢えて肯定的な感想を中心に設けた。

結果

想定以上の収穫。

小説は第一回より明らかに多くの反応があった。持ち帰られた数は全て60%以上にのぼり、最も人気だった小説で最後の1、2枚を残すのみ。残数でこの会場での反応の差がある程度伺えた。投票反応とある程度リンクしていたことも判った。一番人気「秋」>二番「鶴子」>三番「振り返る闇」である。知り合いから個人的に感想を聞かせていただけたのは大変ありがたかった。同じ小説一つをとっても、これほどまに感想は多面的なのかと驚くしだいで大変勉強になった。真逆に捉えられている作品もあった。

導線通り

会場で留守番をしていた際に、「ビジュアル」>「パネル」>「手に取る」という導線が想像以上に機能していたのは収穫だった。当初の予想では「パネルはやっぱり読まれないのでは?」という疑念が根底にあり、代表の野尻先生からも「パネルは読まれないよ」と指摘された。でも私の今の感覚では現代人は寧ろパネルを読むのである。ただし読むのが中心である「小説」となるど、どの程度狙い通り機能するかは賭けだった。

そのため、保険として座って読めるようにファイルを置く。つまり「ビジュアル」>「ファイル」>「手に取る」という流れ。ところが実際に足を止めてパネル読んで下さっている来場者が多く「続きは?」と聞いて下さる方もおられたようだ。ファイルを手に取り座って読んで下さる方も少数ながらいらしたが基本的には想定の動作であったようだ。パネルの文字量と大きさに関しては試行錯誤したのが幸いだったかもしれない。小さすぎると読む気を無くすし、多すぎても読む気を無くすものだ。

メインコンセプトタイトル

オムニバス小説「鶴子」を暗に今回のブースメインとしたが、内容に関して聞こえてくる声は否定的な意見の方が多かった。「雰囲気が暗い」「何か嫌なことが起こりそう」「続きが気になるけど続きは読みたくない。絶対嫌なラストが待っている」等。元々そういう小説なので当然なのだが、その割には肯定的な反応も強い。なお、noteでの反応はゼロだった。実際、作品の受ける・受けないの判断は非情に難しい。一つ言えるのは「どういう人達が集まっているか」によることろが非情の大きい。また、続けてこそ花開く場合もある。ただ反応が強かったことがわかっただけでも収穫だった。

折り鶴コーナー

始める前は二・三人程度だろうと思っていた。代表からも「誰もやらないでしょ」と言われた。蓋を開けてみると、思った以上に折ってくれた。他にも様々な折り紙を見た時は嬉しかった。如何に五感を使ってもらえるかというのは展示側の狙いにあると思う。それは印象に少しでも残すためである。五感を使うか使わないかで脳における記憶の残留は大きく異なってくる。当初の予想としては「持って帰る人はいても折る人はいない」であった。勿論折って欲しいのが本音だ。折った上で置いて帰るというのは理想だったが、理想通りになった。今回の反応は次回も何かしかの部分で取り入れたい。

読後感想投票

発信する側と受ける側の相互作用が欲しいと考え当初はコルクボードに感想の付箋を貼れる状態で用意していたが、相当な有名人の展示会でも然程感想はつかないものだ。だから他にも無いか直前まで考えていた。発想の起点としてはSNSにおけるイイネ的なものだったが、昔からTV等でシールで簡単な意見を表示するのに使われていたことを思い出し3日ほど前に急遽用意する。ただそれでも反応は数人だろうと(ああいう場でリアクションする人はほとんどいない為)覚悟はしていたが想定外にあった。これは次回も取り入れたい。

藝文対談ともえ

想定通り反応が無かった。限定音声の再生数は3回。用意したフライヤーは野尻先生が紙飛行機にして遊んだ(笑)2枚を除き5枚程度が減っていたぐらいである。ある意味では今の日本人って凄い正直なものだなぁと感じる。ともえに関しては唯一の音声表現なので常に隅っこでもいいから展示したい。

以上

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