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寄稿:伝統文化

写真家ゾルタン・ガアル氏のお力添えと、呼びかけに応えていただいたケチュメート・青森友好協会、本展開催にご尽力いただいたハンガリー・日本友好協会の会長並びに会員の皆様、博物館をはじめとした関係者の皆様に改めて御礼申し上げます。
ハンガリーでの泰永書展を通し、日本における伝統文化と呼べるものが危機的状況であることが逆説的に感じられた。
昨今、言葉として氾濫している”日本文化”という文字。いたるところで跋扈する回帰現象。人は肌に接するほど身近なら意識には触れない。遠のくほど言葉に出るし目にも触れる。日本人にとって伝統文化が遠い存在になったことを意味する。
文化とは精神の余力でもって創造的日常の営みから生じ血肉になったものと考える。板についているものが時代の文化であるが、その中に日本の伝統文化が一つでもあるだろうか。形骸的でも困る。「仏作って魂入れず」という言葉があるように、精神的背景が備わってこその文化と言える。
伝統を血肉にするには源流を探る必要を伴うが、今後益々困難を伴うだろう。体現した日本人は亡くなり、建物は変容し、壊され、書物は失われ、材料は手に入らなくなる。作品は色あせ、改ざんされ、消失さえする。途切れたものが継がれることはない。失われたものは戻らないのだ。
各々が時代の風を背に受けながら、源流から立ち上げていくことでしか伝統文化は存続しえないだろう。心の”余”を努力してでも持つことから始める必要がありそうだ。伝統の息吹が残っているうちに。

(掲載元:第二十八回泰永書展・作品集P8)

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