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往復小説#5-1:short‐short:景色

往復小説

天外黙彊#5:公園のはなし>松里鳳煌#5-1:景色

本文

仕事柄の癖のようなもの。
誰にしろあるだろう。
真剣に取り組んであれば当然のことに思う。
僕は人間観察かもしれない。
この前、親父に怒鳴られた。
「人ばっかり見て、お前はどうなんだ!!」
つい言いすぎた。
見ていれば自ずと口も出る。
他人事は無責任に言える。
例え事実だろうと欠点を白日の下に晒されるのは誰しも嫌なものだ。

(食事の時ぐらい忘れよう)

食事は必ずといっていいほど人通りの多いところでとる。
いつの間にかそうなっていた。
調査対象の行動履歴が知らず頭にあるのかもしれない。
公園はいい。
リラックス出来るし同時に調査欲求も叶える。無駄がない。

(あの中年の男・・・)

コンビニのおむすびを頬ぼる手が止まった。
仕事の目だ。
大きな木にノロノロと歩み寄る男性。
とりたてて目立った身体的特徴はない。
痩せてはいないし、太ってもいない。
服装はみすぼらしい格好でも無ければ、これといって何かファッショナブルに着飾っているわけでもない。

(服装の趣味からいって、こだわりの無いタイプだろう。一般的な量販店のもの。ユニクロームでは無いようだ。アレなら大体わかる。あのデザインからすると最近人気のバークマンかもしれないな。労働者系か・・・その割には身体つきからいって違う。たまたま趣味嗜好が近いのか。近所にあるだけか。いずれにしても服装で奔走するタイプではないな。歩き方からいって運動は得意ではないな。日頃もあまり動いていない。力が無い。最近まで寝込んでいた? それにしては昨日今日といった風情でもない。持病持ちか?・・・ああ、止めだやめ)

スーツ姿の青年は再び頬ぼったおにぎりを咀嚼するとペットボトルのお茶を飲んだ。
唐揚げを口に放り込む。
両の眼は中年の男から離れなかった。

この公園で一番大きな木。
男は木肌に触れ笑みを浮かべると数歩下がって見上げた。
枝の雲霞から何かを見出そうとしている。
「あった!・・・あーあった。立派になって」
小さく声を上げた。
手を合わせる。
男は手に持った新聞を木の根元付近に広げると座った。
「あー・・・疲れた」
背もたれのように木により掛かる。

(久し振りだね。覚えているか? 三十年前お前に命を助けられた。枝、すっかり立派になったな。悪かった。折ってしまって。やっぱり辛いもんだね生きるってのは。お前は偉いよ。実に立派だ。立ち姿でわかる。それに比べて俺ときたら。・・・お前に生かされた命だ、もう首を吊ろうとは思わないよ。死ぬまで生きる。お前よりは先に逝くだろうけどな。それにしても、あれは苦しかったなぁ。死ぬかと思った)

男は笑みを浮かべる。

(おかしいよな。死ぬつもりで吊った癖に死ぬかと思ったなんて。でも苦しかった。嫌だと思った。覚悟していたのにな・・・。俺の身体は死にたくないと来た。しかも必死に叫ぶんだ。『死にたくない!!』って。煩いほどに。俺は死にたいのに。終わりにしたいのに。身勝手だよなぁ)

俯く。

(俺の心、俺知らずだ。だったら俺の肉体もこの身体を治しやがれってんだなぁ。お前のせいだぞ。辛かったんだから。でも、結果、生きてて良かったと思えるよ。これからも辛いだろうけどよ。俺さ、結婚するんだ。こんな壊れた身体の俺でも良いっていう奇特な子がいてね。蓼食う虫も好き好きとは良く言ったもんだよ。まー現実は過酷だから、いずれ別れることになると思うけどよ、感謝しかないよ。彼女にも、お前にも。未だ来ないと書いて未来だ。先はわからない。実際わからなかった・・・)

「すいません」
「あの」
制服をきた公園の管理人とおぼしき二人が見ている。
「この辺りは座らないでもらえますか? 木の根が痛むので」
「ああ・・・そうですか、これは失礼」
男が立ち上がると二人は小さく頭を下げ、何事も無かったように歩き去る。
「・・・」
立ち去る二人を黙ってみる見送る。

(じゃあ行くよ。今度元気な時に彼女も連れてくるよ。公園は好きみたいだし。俺のこの身体じゃ子供は到底無理だわ。子供は諦めてくれ。彼女はどことなく欲しそうだけど。専門家をもってしても解らないものなんだな。この病の深刻さが。気力の問題じゃないんだよ。寧ろ気力があると蝕まれる。帯に短し襷に長しと言う。短く生きて終わりにしようかと思ったけど、結果お前に生かされてから襷に長しで来た。どっちが良いんだろうな。長いのは辛いもんだな。年追うごとに困難は増すだろう。でも長いからこそ見える景色がある。見たく無いものも沢山見ることになるんだけど。見たかった景色もあるはずだ。実際あったし。振り返る機会も得られる・・・。いや、何にせよ生死は天の司ることなりってね。お前たちは本当に立派だよ。俺へのアドバイスは四の五の言うなって感じか?・・・一般人ならわかるはずもない、か。わかった時はもう手遅れなんだがな。どうして皆は素直に人の声を真っ直ぐ聞いてくれないのか。それもまた人生か・・・)

木肌に触れ、見上げる。
「ありがとう」
男は呟いた。
「生きるとは辛いことなり、嬉しいことなり・・・」
ノロノロと歩き出す。

「座っていたのに息が苦しそうだ。肺病か、それとも・・・心臓か・・・両方か」

座っていたのは僅かな時間だった。
何をしに彼は来たんだろう。
邪魔が入らなければもっと居たのだろうか。
根元付近じゃなければあの怠け者の管理人達も文句は言わないはずだ。
根元じゃないと駄目な理由があった。
彼にとっては日常の出来事なのか。
そんな感じでも無い。
大切な用事だったんだろうか。
木の根元に座ったことや、木肌に触れたこと、身体的欠陥を見て取るに、
「パワースポット的なヤツか」
合点がいく。
去りゆく彼の様子は来る前と変わらない。
もっと意気揚々としても不思議じゃないのに。
違う意味があったんだろうか。
あの様子からは当たり前を感じる。

お茶を飲み干す。

「さて、行こうかな」
ベンチから立ち上がるとポリ袋の口を締める。
辺りを見回した。
「・・・マジか」
手に持って歩き出す。

「おっと」

公園を出ると犬が唐揚げの入っていたポリ袋に鼻を突っ込もうとした。

「あ、すいません!」
「大丈夫ですよ。僕は、犬、平気です」
彼は笑顔で応えた。
「良かった。ほら、もう公園は入れないんだって! すいませんでした」
犬を連れた男は頭を下げ、去っていく。
「散歩に来ているのか。物色しているのか・・・」
歩き出す。
知人のイタリア人が言っていた。
「日本人はどこで彼女を捕まえるんだ?」
酒場や街でやたら声をかけまくるので注意した。
実際、一部は少し不愉快そうな顔をしていた。
「職場」
言いながら自分で首を傾げる。
「居ないじゃん」
もっとも僕は一人がいい。
気楽だ。
もう女は懲りた。
少子化も進むわけだ。
一人が楽しすぎる。
ゴミ箱にポリ袋ごと突っ込む。
歩きかけたがゴミ箱に手を入れ、ポリ袋からペットボトルを取り出し、隣のペットボトル用と書かれた所に捨てる。
(面倒臭いなあ)
所長に随分指摘された。
人は些細な行動を気にする。
思わぬ事で機会を失う。
失ってから実感した。
「さて、戻るか」

おわり

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Published in往復小説文筆

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