夕暮れ時、風をきる音。
息が白い。
「またやってる。」
呆れたような声。
少年がバットを振っている。
「ご飯できてるからね。」
疲れた顔の若い母親。
意図せず彼女は侮蔑的視線を向ける。
「うん。」
少年はバットを振っている。
彼女は舌打ちをした。
「才能がない。」
コーチから言われた。
「自分に合ったものが他にあると思うぞ。」
監督に言われた。
(わかっている。)
気持ちがいいんだ。
野球が。
理由はわからない。
ただ気持ちがいい。
楽しい。
ウキウキする。
一呼吸おくと走り出した。
すっかり日は暮れている。
彼の横を老人が追い抜いていく。
老人は笑みを浮かべる。
彼は足が悪かった。
だから速くは走れない。
何時もの川辺の広場。
捕球姿勢をとる。
何度も、何度も。
汗が浮かんだ。
送球姿勢をとる。
球は投げない。
そもそも持ってない。
投げると取りに行かないといけないからだ。
でも彼の手には確かに球の感触があった。
家に帰ると、夕食がゴミ箱に。
少年はゴミ箱から拾い直す。
皿に並べると、手を合わせた。
「いただきます」
頭の中では今日の練習の感触を反芻している。
食べ終わると食器を洗い床につく。
毎日、毎日。
同じことの繰り返し。
ある夜。
小雨降る中、繰り返す少年に初老の男が近づいて来た。
少年は男を見ることなく送球姿勢を続けている。
1、2、3。1、2、3。流れるように。
男は黙って見ていた。
少年が一通り終わり帰ろうとすると男はいった。
「美しい。」
少年は初めて男に気づく。
頭を下げた。
男も。
翌日、初老の男は先に来ていた。
少女を連れいる。
男は彼が来ると頭を下げた。
少年も男に気づき黙って頭を下げる。
でも同じことを繰り返す。
次第に汗ばむ肌。
「これが美しいということだ。」
少女は応えなかった。
少年に見入っていたからだ。
来る日も来る日も二人は現れた。
だが、初老の男は一人、また一人と連れてくる。
少年は変わらず繰り返している。
半年が過ぎ、春。
広場では野球をする少年の姿があった。
初老の男の姿。
そして、あの少女。
車椅子の青年。
へっぴり腰の少女。
走り回る犬。
ガタイのいい大人。
ヒョロヒョロの男。
そして少年の母。
皆、笑っている。
少年も。
おわり
・備考:第二回藝文東京ビエンナーレにて発表した新作ショート・ショート。ショート・フィルムストーリーとして発表。依頼された短編アニメの原案の一つとして書く。出した三案のうちの一つ。
少年の夢
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