ある村で化物が話題になっていた。
闇夜に紛れ、神社へ向かう山道の石段を登るという。
「食われちまうぞ。近づかない方がいい。」
噂はあっという間に広がる。
ある日、諸用で遅くなった村人がその場所を足早に通り過ぎようとする。近道だった。
「こわやこわや」
何かに気づき足を止める。
硬いものが石を叩く音だ。
音は次第に大きくなる。
コツ、コツ、コツ。
全身が硬直する。
大きな闇が石段を登って来た。
恐怖に顔を歪め村人は息を殺す。
闇は登りかけたが足を止める。
(食われちまう!)
振りかえる。
闇夜でもわかる異形の相。
村人は食われなかった。
そればかりか夜な夜な山道へ。
小脇にはお握りを包んだ笹と水の入った竹筒。
「取り憑かれたに違いない。」
彼は何も語らず、笑みを浮かべ。
「大丈夫」を繰り返す。
音がする。
コツ、コツ、コツ。
闇が上がってきた。大きい。
今日は月明かりが強い。
闇は歩を止める。
村人は闇に一礼し歩み寄ると、何も言わず笹で包まれたお握りと竹筒を差し出す。
闇は月明かりに照らされた。
丹精な男の顔をしている。
そしてツバの広い帽子。
位の高そうな服。
笑みを浮かべ手を握る。
一礼すると、再び山道を登る。
コツ、コツ、コツ。
その背中に村人は深々と一礼。
その後、村は大層栄えたと言う。
人々は口々に、
「あれは仏様に違いない。」
相変わらず村人は語らず、
「良かった、良かった。」
そう言って山道の先。
神社のある方を向いた。
おわり
- 備考:第二回藝文東京ビエンナーレにて発表した新作ショート・ショート。ショート・フィルムストーリーとして発表。依頼された短編アニメの原案の一つとして書く。内容はカバーとなった墨絵から発想。
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